カルマの取り方

甲本です。

「カルマの法則」

というものがあります。

まぁ、言葉自体は有名なので
聞いたことがあるかもしれませんね。


カルマとは「業(カルマ)」とも書きますが、
自業自得の「業」ですね。

要は自分がやったことは
必ず自分に返ってきますよ、
という法則(考え方)です。


で、よく言われるのが

前世で犯した業(カルマ)によって
今世でその報いを受ける

というようなものです。


そして、それを解消するためには
高価な壺を買う必要があって・・・


うん、たぶんそれは詐欺ですね(笑)


お金を払えばカルマが解消される?

そんなわけないと思います。


悪いことをした時には
どうすればいいか?

子供でも知っています。

まず謝る。

そして、行いを改め、
善い行いをする。

ですよね?


ということは、カルマを取りたかったら
自ら善行を積むしかないということです。


え?

前世で悪いことをした記憶なんかないって?


まぁ、僕も含め、ほとんどの人がそうですよね。

ならば、今世で悪いことをした記憶ならどうですか?


正直に懺悔すると
僕はたくさんあります。

「あー、悪いことしちゃったなー・・・」

というくらいの軽いものから

「本当に、本当に、ごめん!」

と、何度も頭を下げたくなるものまで。

その多くは悪意を持って行っているのではなく、
後で気づいたら相手を深く傷つける
結果になってしまった・・・
というものですが。


本当に不徳の致すところだと思います。


だからこそ、今僕はこの命を
精一杯人の役に立つために使おう、
そう思っています。

人のために「使」う、「命」という時間。

それを

「使命」

と言う。

これは100歳を超えてなお現役のお医者さんである
日野原重明先生のお言葉です。


もちろん、人のために命を使えというのは
自己犠牲を正当化する意味で
言っているのではありません。

自分自身を徹底的に大事にすること、
それが大前提です。


でも、その上で僕は誰かのためにこの命(時間)を
使いたいなと思っています。

つい最近、知覧の特攻平和会館を
見てきたというのもありますが、

僕という1人の人間の存在はちっぽけで
本当に多くの支えの上に生かされているんだなと、
強く実感しました。

もし、人々が協力し合っていなければ
コーヒー1杯すら飲めないわけです。

コーヒーの豆を栽培してくれている人、
それを運んでくれている人、
コーヒーをドリップする機械を作ってくれている人、
それらの間で関わっている様々な人たち・・・

そういった数えきれない程の人たちの手に支えられて
目の前の1杯のコーヒーがある。


今このメルマガを読んでいる背後にも、
今日食べたご飯の背後にも、
温かい布団で寝られるという事の背後にも、

あらゆる事象の背後にたくさんの人たちがいて、
そのおかげで今の生活は成り立っている。


だとしたら、受け取ってばかりではダメ。

豊かな生活を送れていることに感謝し、
自分自身も誰かに貢献することで
その感謝の循環を促進させる一躍を担う。


そして、もしネガティブな循環が
自分に回ってきた際には
それを自分のところで断ち切る。

誰かに嫌な思いをさせられたからといって
それを自分も他の誰かに渡したらいけません(笑)


結局、これを続けていけば

「因果応報」

の法則によって、
豊かな人生になっていくし、

業(カルマ)というものがあったとしても
それを解消していけると思います。


この命という時間をどう使うか?

どういう時に自分は人の役に立っているということを
強く実感できているか?


使命に気づき、使命に生きることで
結果的にカルマも取れる。

そう僕は思っています。


ではでは

今回は以上です。

ありがとうございました!



甲本

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