お金と幸福の真実

どうも 甲本です。

今回はお金と幸せの関係性について
紐解いていこうかと思います。

お金がたくさんあれば
誰もが幸せになれるでしょうか?


ほとんどの人はなれると思います。

ただし、一時的にね。


お金というのは非常に便利な道具であり、
パワーであり、可能性です。

お金があれば、いろんな物を買えますし、
いろんなサービスを受けられます。


ちょっと想像してみて下さい。

あなたは合法的に現金を印刷する機械を手に入れました。

これでお金は無限に作り出せます。

そんな状況で、あなたは

「あー、旨いマグロが食いたいぜー」

と思ったとしましょう。

おや、目の前に見るからに高そうな寿司屋が!

値段を見ると大トロの握りが
一貫5000円もするじゃありませんか。

けど、関係ありません。
金ならあります。

お腹いっぱい食べてください。


次は何しましょうか。

時計でも買いますか。

200万円するロレックスだって
100均で買い物するくらいの感覚で買えます。

好きなだけ買って下さい。


車もいいですね。

ランボルギーニ
ロールスロイス
フェラーリ
ベンツ
レクサス
  :

高級車と呼ばれるような車は
全部買っちゃいましょうか。

金はいくらでもあるんだし。


海外旅行も好きな時に好きな場所に行けます。

ハワイでも、グアムでも、ドバイでも、ロンドンでも、
どこでもOKです。

世界一周と言わずに世界十周旅行くらいしますか♪


歌舞伎町とかにある超高級クラブで
派手にお金を使ってもいいですね。

店の女の子全員に100万円ずつチップをあげちゃいましょう。

ちょっと交渉すれば、たぶん数人は
お持ち帰りできるんじゃないでしょうか(笑)


プライベートジェットにプライベートクルーザー。

途方もなく広い豪邸には常時一流のメイドさんがズラリ。

お金で買えるものであれば、何でも買える状態なわけです。


まるで夢のよう。

こんな幸せ今までに感じたことがない。


きっと多くの人がそう思うことでしょう。

けどね・・・

いつまでその幸福感を抱き続けられるでしょうか?


文豪ドストエフスキーはこう言いました。

「人間は慣れる生き物である」

と。


だから、お金で何でも手に入る生活にも
その内に慣れるし、いずれ飽きます。

人間は無いものを求める生き物ですから、
次はお金では手に入らない物を求めるようになると思います。

本物の智恵とか本物の愛情とかね。


そして、怖いのがこれまでずっと使っていた現金印刷機が
不運にも壊れてしまった時
の事です。

今までは全く働かなくてもお金を無限に生み出せていたのが
もうできなくなりました。

「まぁ、壊れてしまったものはしょうがない。

 また元のように普通に働いて、普通の生活をすればいい」


と割り切れる人は、果たしてどれくらいいるでしょうか?


生活水準を上げることに成功した人はたくさん知っていますが、
生活水準を下げることに成功した人はほとんど知りません。


想像してみて下さい。

あなたは今普通にエアコンの効いた部屋にいて、
携帯電話をいじりながらテレビを見ています。

すごく高級なわけではないけども
普通に美味しい食事が取れていて、
夜も布団でぐっすり眠れる。

お風呂にも入れるし、
トイレだっていつも清潔で快適です。

そんな日本人にとってはごく普通の生活をしているところを
イメージしてみてください。


では、もしそれがある日突然全てなくなったとしたら・・・?

耐えられますか?


エアコンはもうありません。
夏は暑いし、冬は寒い部屋で過ごさなければいけません。

携帯電話もありません。
誰かに用事がある時は公衆電話を使用して下さい。

食事は芋が中心で、時々農家の人から
売り物にならなかった野菜を分けてもらって下さい。

焼肉?寿司?天ぷら?ダメです。
そんな高級な物はもう食べれません。

寝る時は薄い毛布一つだし、
お風呂は近所の川で水浴びです。

トイレは大自然の中で行なって下さい。


・・・・・

もしそうなったとしたら絶句ですよね。


しかし、現実にはそういう生活をしている人達が
世界にはたくさんいるわけです。

食べる物もない。
安全に飲める水もない。
いつ爆弾や銃弾が飛んでくるかもしれない。

それでも生きている人だっています。


つまり、そこまで生活水準を下げたとしても
人間は生き延びてはいけるって事です。

が、安全で豊かな日本に慣れてしまった我々には
そんな生活耐えられませんよね。


宝くじに当たった人達を追跡調査した結果、
そのほとんどが不幸になっているというデータは有名ですが、
理屈はこれと同じです。

お金があった時に上げた生活水準も
お金がなくなれば下げなければいけません。

しかし、人間の心はそれを激しく拒否します。

もう元の生活には戻れません。

そして、借金をしてでも生活水準を
維持しようとしてしまうわけですね。

そうなるともはや不幸のどん底です。

あとは地獄へ真っ逆さまに落ちていくのみ・・・。


合掌。


では、この不幸はいつ始まったのでしょうか?

借金をし始めた時でしょうか?

違います。

宝くじに当たった時でしょうか?

それも違います。

身の丈に合わない生活水準に上げてしまった時です。


ここにお金と幸せの重要な関係性があります。

お金があれば贅沢ができます。

しかし、贅沢はたまにするから贅沢なのであって、
毎日繰り返してたら普通に感じるように
人間の心は出来ているんですね。

だから、僕はあまり贅沢をしません。

収入はパイロットをしている同級生の3倍くらいはありますが、
食事は普段自炊です。

時計も200万円もするロレックスではなく、
5万円くらいのディーゼルです。

スーツはフルオーダーで注文したので
20万円くらいしましたが、それ一着だけ。

車もそこそこのやつですし、
飲みにも誘われた時しか行きません。


じゃあ、何にお金を使っているかというと
主には以下の3つです。

・人を喜ばせるため
・設備投資
・自己投資


これらにはお金をジャブジャブ使ってますね。


で、この中でも特に重要なのが

「自己投資」

だと思っています。

自らを高めるため、新しい経験を積むため、智慧を得るため、
そのためには僕はお金を惜しみなく使ってきました。

じゃなかったら、今の僕はいません。

老後に必要な資金は3000万円だと一般的には言われているようですが、

もし定期預金でそれを貯めようと思ったら、
毎月5万円ずつ貯金しても50年かかります。

僕も含め今30代以上の人は生きてるかどうかあやしい(笑)

だからといって、半分の25年で3000万円貯めようと思ったら
倍の10万円ずつを毎月貯金しなければいけません。

これは多くの方にとって結構大変な数字だと思います。

けど、仮に毎月10万円ずつ貯金できる余力があったとしても、
僕ならそれを自己投資に回しますね。

なぜならお金の価値は変わるからです。

25年後の3000万円が現在と同じ価値だとは
到底思えません。


下がっている可能性が高い。

だったら、今の自分を犠牲にしてまで貯金することに
どれだけの意味があるんだろうと思ってしまいます。

それならかけがえのない今の自分に投資して
もっとすごい自分になる。


そして、将来的にお金が必要な時がくれば
必要な分だけをいつでも生み出せるように
知識や経験を積んでおけばいいじゃんと思うんですね。

僕はお金よりも自分自身の可能性の方を信じていますので。


長くなりましたが、まとめると

お金はたくさんあったとしても使い方を誤ると
不幸を招くツールであり、

幸福を呼ぶ正しい使い方の一つに自己投資がある


って事ですね。


で、ここまで何記事かにかけて「幸せ」ってものに
フォーカスしてブログを届けてきましたが、

じゃあ、幸せって一体全体なんぞや?

という人間にとっての根源的な問いに答えた
教材をリリースします。

その名もシンプルに

『幸福論』

幸せの正体を解き明かし、最幸の人生を送るための手引

です。


次回の記事に詳細を載せますので
楽しみにしていてください。

ちなみに、価格は僕のセミナーよりは安く設定してます。

何度も繰り返し聴き返せて、セミナーより安いのであれば
ちょっとお得ではないでしょうか。


ではでは

今回も最後までお付き合い頂きありがとうございました。


甲本


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